のぼりがある風景、この時代いろんなところに存在します。意外なところでコンビニエンスストアのなか。五月五日の端午の節句の時期に、お菓子の付いた小さな鯉のぼりがあったりします。なぜかそういうお菓子を見つけるとホッとするのは私だけでしょうか。
いまどきの日本文化は、お正月を含め各月に設けられた行事をスルーしてしまう雰囲気があります。それが悲しいことなのか、わびしいことなのか、時代の変化を感じざるおえない一つの大きな要因になっているのは事実ではないでしょうか。それは子供の日のイベント、鯉のぼりにも言えると思います。
よくテレビなどで川辺にあげられたたくさんの鯉のぼりたちが泳ぐ風景を目にすることがありますが、そういう風景をなかなか実際に見ることが少なくなってきた今、感じるものは混沌とした社会システムによる無秩序さと、象徴(シンボル)の減映化といった少し悲しげな思いなのです。
ずっと守り続けてきた伝統や、行事などを失う時、そのあとの人々の気持ちや心はいったいどこに行ってしまうのでしょうか・・・オバマ氏が言い続けている「チェンジ」、変わらなくてはいけないもの、そして変えられなければならないこと、その選択は常に人々にあるはずなのに、本当に自らが望む方向に舵をとってきたのでしょうか。本当に鯉のぼりがある風景が身近になくなるとき、その鯉たちはいったいどこへ行くのでしょうか。いつかちゃんと戻ってこれるように、その場所だけでもそのまま残しておきたいものです。
のぼりがある風景は、とても活気に満ちているような気がします。お店の特売商品とか、特産品とかをアピールしたのぼりが道路にそってたくさん設置されている様子は遠くからでも、何かを開催しているような思いをかきたてて、そこへ立ち寄ってみたくなります。
車に乗って遠出をして見知らぬ土地に足を踏み込んだ時道の駅のような建物の周囲に特産品の書いてあるのぼりを見つけてしまうと、ついつい何があるのだろうか興味をもって、そこに販売されているものを見たくなります。
今年は、少年サッカーの付き添いでいろいろな場所へ車で出かけましたが、一時間以上も走っていると風景に飽きてしまいます。そんな時にのぼりを見るとまるでオアシスのように見えてしまうのです。のぼりがあることで、土地を知らないものでも温かく受け入れてくれるような気がします。
文字だけでなくイラストとか写真を使った凝ったのぼりを使っている飲食店を見たことがありますが、そういったのぼりがある通りはとても活気があって、飲食店とかの目玉商品がよくわかります。だから、自分が食べたいと思っていない商品でも、なぜか食べたくなってしまうのです。
居酒屋などでものぼりを出しているお店があります。のぼりがある風景は、日本人の心をくすぐると思います。だから、なぜかそのお店に入ってみたくなるのでしょう。